続きは、白いシーツの波間にて

 夏休み──まだ学生ながら、レリックをめぐる旅の最中である彼らには縁遠い話なのだけど。チームRWBYとチームJNR、オスカーとクロウの一行は、旅路の途中で通りがかった海辺の街で一日だけ休息を取ることにした。
 白く輝く砂浜と、地平線まで続く青い海。波打ち際ではしゃぐ中、ルビーは違和感に気付いた。
「あれ、お姉ちゃんとブレイクは?」
 先ほどまで一緒にいたはずの二人を探してルビーはあたりを見回すけれど、近くには見つけられない。
「二人ならさっき、揃ってどっかに行っちゃったよ?」
「まあ、いつものことですわね」
 ノーラとワイスが口々に言い、ルビーも他のメンバーも慣れきった様子で納得している。二人と出会ってまだ日の浅いオスカーと、そういった事情に鈍いレンだけが不思議そうに顔を見合わせたものの、それもノーラが「隙あり!」の声とともに二人目がけて上げた大きな水飛沫にかき消された。



 艶めく濡羽色の前髪をそっと指に絡ませて、ブレイクの額に口付ける。先ほどまで太陽の下にいたせいなのか、それとも別の理由か、そこはいつもよりも熱をもっていた。
 ヤンの視界の端で三角の耳がピクリと震えてこちらを向いた。ブレイクが全身で自分を感じていてくれている様子がたまらなくかわいい。
 髪に触れていた手を、髪から額へ、額から頬へとそうっと滑らせる。ブレイクは目を伏せたまま、その手に頬を擦り付ける。その仕草もかわいい、ヤンは喉の奥でその言葉を飲み込む。
 岩影に突いている腕を折り曲げると、ブレイクを閉じ込めている檻が狭くなる。ヤンが作った薄暗い影の中に彼女は完全に覆われてしまう。
 熱のこもったくちびるを、ブレイクのそれに重ねる。
 触れるだけで離れたヤンを今度はブレイクが背伸びをして引き止めて、くちびるの上を小さな舌がちろりと舐めた。
 それを合図にもう一度、今度は互いのくちびるの隙間から中へ忍び込んで、長く、深いキスをする。頭の中で反響する相手の吐息と、遠くの波の音が混ざり合って、白昼夢の中にいるような心地になる。
 ヤンの手がブレイクの頬を離れて、曝された肩や腕を抱く。ブレイクも負けじと彼女の首に縋りつき、もう片手は鎖骨や、水着の際の豊かな胸の谷間、美しく引き締まった腹の上を愛おしげに行き来する。
「ぷは、あはっ。もう、ブレイク、くすぐったい」
「んむ、もう終わり……?」
 始めたのと同じように、ヤンが離れてキスは終わる。
 一方、まだ物足りないと言外にねだるブレイクは、まだ彼女に触れていないヤンの右手に頭を擦り付けて甘えようとする。おっと、とヤンは慌てて彼女から腕を遠ざける。「ヤン?」とブレイクは不思議そうに、そして僅かに不安を浮かべた黄金の瞳で彼女を見上げる。
「いや、ごめん。ちょっと熱くなってるから危ないかなって……」
「そう……。そうよね、ごめんなさい」
 ヤンがヒラヒラと金属製の右手を振って説明すると、ブレイクはしゅん、と俯いてしまった。雄弁な耳もぺたりと伏せられる。きっと色々なことを思い出してしまうのだ、ヤン自身もそうだから痛いほどにわかる。
 右腕の代わりに、生身の指先で細い顎を撫でてから、優しく掬い上げる。
 ──あんな男のことは忘れて、あたしのことだけ見て。今この瞬間だけで頭をいっぱいにしてほしい。
 見下ろす紫の瞳がそう訴える。
「……ねえ、キスだけじゃ足りないよね?」
 伏せられた耳をほどくように、そこに囁き声を吹き込む。ヤンの声を注意深く拾うために、黒猫のかわいらしい耳がヤンの方だけを向く。肩に添えられた手もピクリと反応した後、もう一度縋り付く。
 ヤンがその腰を抱くと、ブレイクの白い脚が、ヤンのそれにそっと絡みついて、やわい皮膚同士をかさね合わせる。
「今ならホテルの部屋にも、誰もいないし?」
 とどめの一言に、ブレイクはこくりと頷く。赤くなった頬を隠すように首筋に顔を埋めて、その薄い肌を吸う音がヤンの耳に響いた。


続きは、白いシーツの波間にて

2022.10.09