迷子
(DS版特典コミックの内容を前提にしています)
「おっきなりんご……?」
それはシアレンスの樹に向かう途中のこと、モニカは道端で奇妙なものを見つけました。黄色い花をつけたひまわりの下に落ちていたその赤いりんごは、モニカが抱えるほどの大きさがありました。
──お兄ちゃんの畑で育ててるりんごかな?
シアレンスの樹の家に住むマイスお兄ちゃんは立派な畑を持っていて、いつも野菜やお花を育てていました。
収穫したあとどこかへ運ぶ途中に落としちゃったのかもしれない、お兄ちゃんに届けてあげよう。モニカはそう考えました。
近づいて見つめてみると、不思議なことにそのりんごはかすかに震えているような気がします。おかしいな、と思いながら手を触れると、ぴっ、と小さな声をあげて、りんごはビクリとひときわ大きく震えました。
それはりんごの姿をしたモンスターだったのです。
「わあ、かわいい! モンスターさん、どこから来たの?」
りんごのヘタのあるあたりが蓋のようにぱかっと開いて、二つのつぶらな瞳と目が合います。
少しびっくりしたけれど、モニカはすぐにそのモンスターのことが大好きになりました。けれど、モンスターはモニカの声を聞いた途端にぱたんと蓋を閉じて隠れてしまいました。
「モニカさん? と、おや……?」
まだ聞き慣れない声に呼ばれて、今度はモニカがびっくりする番です。不思議な模様が織り込まれた長いマントに、丸い眼鏡と額の角。背の高いその人は、砂漠にあるモンスターの集落に住むオンドルファさんでした。
人見知りのモニカは緊張してしまって、こんにちはも言えずにその場に座り込んでいました。
「あっ……!」
「リーノがこんな所に。迷子になってしまったんですね?」
すると、モンスターはモニカの手から突然、飛び出してしまいました。そのまま丸い体でコロコロと転がってオンドルファさんの足元に逃げ込み、リーノと呼ばれたそのモンスターは彼に何かを訴えているようでした。
モニカにはリーノの言葉はわからないけれど、オンドルファさんは彼の話に頷いて、モニカにもそっと教えてくれます。
「プリベラの森から迷い込んでしまったようですね。怖がっているので、森まで送ってきますね」
「そっかあ……」
オンドルファさんの足元に隠れたリーノは蓋を小さく開いて、モニカのことを恐る恐る見つめています。モニカも怖がらせないように少し離れて、名残惜しい気持ちでリーノを眺めていました。すると、オンドルファさんはリーノと目を合わせて何か話し合った後、モニカに言いました。
「モニカさんも一緒に行きますか?」
「でも……」
「彼もモニカさんに興味があるようですから。ただし、モンスターがいない場所までですが」
「……! うん!」
それから、オンドルファさんと話しながら森への道を歩きました。砂漠にはリーノと似た、パイナップルの姿のモンスターがいることを教えてもらいました。
森の入り口に着くと、木々の向こうのひらけたところに何匹かリーノが集まっているのが見えます。
「もう迷子にならないようにね」
モニカはお別れを言います。リーノはほんの少しだけ二人を見つめると、振り向かずに仲間のところに戻っていったのでした。
「お友達になりたかったな……」
仲間のところに帰るのがリーノにとって一番良いことだとモニカにもわかっています。けれど、怯えた目でこちらを見つめるリーノの姿を思い出すと、名残惜しいだけではない、別の気持ちになるのでした。
──モンスターは怖いもん。
それは、いつかモニカが自分を助けてくれたモンスターに言った言葉でした。
自分より体の大きくて力が強いもの、よく知らないものは怖い。
リーノが怯える気持ちも、あの時助けてくれたモンスターの気持ちもわかるようになったから、胸がぎゅうっと苦しくなるのだとモニカは気がつきました。
「モニカさんが優しくしてくれたことをリーノはきっと覚えていますよ」
「モニカ、なんにもしてないもん……」
「でも、迷子のところを見つけて、一緒に森まで送ってくれたでしょう? 今は難しくても、優しくしてくれたことを覚えていればいつかはお友達になれるかもしれません。有角人とこの町の皆さんがまた仲良くなれたように」
オンドルファさんの言葉が、切ない気持ちをそっとほどくような気がしました。
「……モニカも、覚えてるよ」
それはずっと言えずにいた言葉。交流祭でオンドルファさんを見つけた時から、あの時助けてくれたモンスターだとモニカは気付いていました。
だけど、もしもオンドルファさんは自分のことを覚えていなかったら? 人違いだったら? そう考えると不安になって、モニカから声をかけることができずにいたのです。
「あの時助けてくれたこと、ずっと覚えてたよ」
勇気を出して伝えるとオンドルファさんは少しだけ驚いた顔をして、それから微笑みました。
迷子
2021.09.04