花束

(※クルルファのデート会話のネタバレがあります)


 目が覚めてすぐに、サイドテーブルに生けられた花束が目に入った。眼鏡をはずしたままのぼやけた視界の中でも、純白とピンクの愛らしい花は一目でわかる。それだけで春の香りをふくんだ風が吹いたように、心がふわりと舞い上がるような心地になる。
 もともとお花は好きだけど、この花束は特別だ。シアさんと一緒に、初めて作った花束ですもの。

 シアレンスの花屋「フラワーガーデン」には色とりどりに咲き誇る花々のみずみずしい香りと、リラックスティーの芳香が広がる。そんなのどかな店内の一角、いつもシアさんたちが使っている作業台の前で、私は一人困り果てていた。
「もう、いい加減になさい……!」
 叱りつけた相手は、作業台の上で喧嘩を続けている2輪のピンクキャットの花。
 こういうことはこれが初めてではない。シアレンスに出入りするようになってから一度、花束を作ってみようと試みたことがあったが、その時も同じように花たちが喧嘩を始めてしまったのだ。
 オンドルファによれば私の持つ魔力の影響と言うことだった。最終的には魔力の効果が切れてただの切り花に戻ってしまったが、それ以来もう一度挑戦する気分にはなれなかった。
 ではなぜ再びこんなことになっているのかと言えば、他でもないシアさんから、育てたお花で花束を作りませんかとお誘いを受けたからだった。
 シアさんからお花の栽培セットを頂いたのが一週間ほど前のこと。砂漠の畑でも育てられるお花をと、彼女が選んでくれたのがこのピンクキャットの種だった。
 交流祭のためにシアさんが作ってくれた花束を受け取って以来、私は彼女のファンだ。以前花束を作ろうと思ったのもあの花束がきっかけだった。
 あの時失敗した原因は一応わかっているのだし、気を付けていれば、なによりシアさんと一緒なのだから、今度こそ私にも素敵な花束が作れるはずだと思っていた。それなのに……。
「クルルファさん? どうかしましたか?」
 私の声が二階まで聞こえていたようで、お茶のおかわりを淹れに席を離れていたシアさんが心配そうに階段を降りてくる。
「実は……」
 私は事情を正直に話すことにした。私の話と作業台の上の様子に、彼女は「まあ……!」と目を丸くしている。
「アクティブシードって言う不思議な種も扱ってますけど、お花がこんなふうに動いてるのは初めて見ました」
 まるでモンスターのようで怖がらせてしまわないかという私の心配に反して、シアさんは驚いた様子ながらもなぜか目を輝かせている、ような気がする。
「そうだ、クルルファさん。このお花も花束に加えてみてもらえませんか?」
 何か解決策を思いついたのか、ただの好奇心なのか、彼女は準備の途中だった花を一輪、私に差し出す。白い花びらが飾らない美しさを持ったトイハーブの花だ。
 さらに状況が悪化しないかしらと不安に思いながらも、彼女の言うとおりに、受け取ったトイハーブの花と例のピンクキャットをいっしょに手に取る。
 するとトイハーブもまるで意思を持ったようにゆらりと動き出し、やっぱりだめかと諦めかけた時。トイハーブは茎から伸びた二枚の葉を手のように動かして、そうっとピンクキャットたちの葉を握ったように見えた。二輪のピンクキャットは驚いたのか喧嘩をやめて、それからトイハーブがしたのと同じように互いに葉を触れ合わせて寄り添う。
「仲直りできたみたいですね」
「こうなるとわかっていたんですか?」
 シアさんは本当にうれしそうに微笑んで私の手の中の花たちを見守っている。花屋をやっているとそんなことまでわかるものなのだろうかと思い尋ねてみると「いえ」と簡潔に否定されて、私はふたたび困惑する。
「えっ?」
「でも、もしかしたらと思って……。トイハーブの白くて綺麗なお花、クルルファさんみたいだなって思ってたんです。だからクルルファさんの喧嘩しないでほしいって気持ちを、もしかしたらトイハーブが伝えてくれるかもって」
 とにかく、うまくいってよかったですね♪と、シアさんは手をきゅっと握り合わせて笑っている。
 一方の私は微妙に腑に落ちない気持ちと、それから、お花にたとえられたことなんて今までなかったものだから、なんだか恥ずかしくて頬がほわっと少しだけ熱くなるのを感じていた。
 それに、お花にたとえるならきっとシアさんの方がずっと似合う。春に咲くかわいらしいお花はどれも似合うだろうし、このピンクキャットだって──
「あっ……」
 そう考えて手元を見たのと同じ頃に、ふっとあっけなく魔法は解けて花たちは寄り添ったまま動かなくなってしまった。仲直りができて、私もやっと落ち着いて花束を作れるはずなのに、少しだけ物寂しく感じる。
 シアさんも残念そうに肩を落として「動いてるお花、かわいかったな……」と小さくつぶやく。ついさっきまで疎ましく思っていたけれど、シアさんにそう言ってもらえるのならこの力もそんなに悪くないのかもしれない。そう思い始めていた。
「シアさん、そんなにしょんぼりしないでください」
 私はもう一度お花を手に取る。彼女のために作る花束なら、今度はきっと喧嘩せずに、もっとシアさんを喜ばせられるのではないかという予感がした。



花束

2021.09.04