吹雪の夜
山のいただきはひと足先に雪に覆われて、じきに僕たちの地上にも本格的な冬が降り立つことを知らせていた。
山や森の冬には、笛鳴りとともに建物や人々の隙間を北風が吹き抜けていく街とは違った、全てがしん、と静まり返るような冷たさがある。木々はすっかり葉を落とし、生き物もみな春を夢見て眠りにつくせいだろうか。凍えた指先に通う血の流れだけがじんじんと響くように感じる。
けれど、洞窟の中は不思議なぬくもりがあった。普段は冷たい岩がこの時ばかりは冬から匿ってくれるのかもしれないし、冬眠に入るモンスターだけでなく冬にこそ活動を始めるものがいるおかげでもあるかもしれない。
そして何よりも、訪ねれば彼らがそこで迎え入れてくれるとわかっているから。
学校の窓を覗き込むと、教室にクルルファ先生と、何匹かのモンスターに混ざってゼゼがいて、いつもと同じ風景がそこにはあった。こちらに気付いたゼゼが手を振り、「よウ、マイス!」と呼ぶ声がくぐもって聞こえてくる。
僕も彼に手を振ってから、一応、玄関の扉を二度ノックして開く。その一瞬で、室内のやわらかくあたたかい空気と賑やかな音が流れ出して僕を包み込んだ。
「こんにちは」
「あら、マイスさん。こんにちは」
生徒たちと床に座り込んでお裁縫をしていたクルルファ先生がこちらに笑いかける。
作業用の敷布の上には棉や、秋の間に集めた木の枝や葉が広げられていた。秋から少しずつ、みんなで冬に備えて寝床や毛布を作っているのだ。
前に訪れた時よりも生徒が少ないのは、先に冬眠を始めた子がいるからだろう。
教室の反対側ではうたた寝をしているマッシュと、心なしかいつもより元気のない様子のゼゼが同じように座り込んで、手の中で綿を遊ばせている。ゼゼは夏の終わりに冷たい夜風が吹き始めた頃からずっと、寒いのは苦手だと言っていたっけ。
「来てくださってよかった。今年の学校は今日で最後なんです」
「僕も、雪が積もったらしばらく来られないかもしれないと思って挨拶に来たんです」
もうすぐ山はすべて深い雪に覆われて、この洞窟の出入り口も塞がれてしまう。「寂しくなりますね」とクルルファ先生は目を伏せて、色素の薄いまつ毛の影が頬に落ちる。
「マイスくんも、冬眠するの?」
「うん。そうだよ」
クルルファ先生の膝に、フェアリーの女の子が降り立ってそう尋ねた。
気まずく思いながらも答えると、ペリという名のその子は「みんな眠っちゃうのね」と呟いてしゅんとしてしまう。フェアリーやピクシーたちは冬眠をしない。多くの生き物が眠ってしまった森で、長く寂しい冬を耐えなければいけないことが憂鬱なようだった。
「ペリ、元気を出して。ほら、」
クルルファ先生は眉を下げて微笑むと、手元の糸の処理を終えて、妖精の少女の前にひらりと広げて見せた。小さな冬用のマントの裾にはラベンダーブルーと白の糸で刺繍が施されている。春に咲くペリウィンクルの花だ。
「心細い時には、必ずまた春が来ることを思い出して。あなたのために春のお茶を用意して、ここで待っていますから」
「わあ……! うん!」
マントを受け取ると、彼女は喜びに光の粉を振り撒いて、くるくると宙を舞い踊った。
そういえばオンドルファ先生は、また書斎の方だろうか。教室を見回していると、ちょうどカーテンが揺れて彼の姿が見えた。
同時にぶどうの濃い香りが教室に運ばれてくる。彼の手にしたトレーの上には人数分のカップが乗せられていて、中身はぶどうジュースと干した果物を鍋で煮詰めたものだった。
こんな時、いち早く反応するのはたいていゼゼだ。しょぼくれていたのが嘘のように「待ってましタ!」と嬉しそうに駆け寄って、自分とマッシュの分のカップを受け取る。マッシュの方も、ゼゼの騒がしい様子と香りでパチリと目を覚ました。
他のみんなと僕も、お礼を言ってそれを受け取る。
秋のあの日以来、時折、オンドルファ先生と言葉を交わす瞬間になんだかむず痒いような気持ちになる。決して嫌な感じではない。
ただ、今もここにいられることを、そして、それは彼が受け入れてくれたおかげなのだと実感して。その度にこみ上げてくる感情に慣れることも、名前をつけることもできずにいる。
カップを覗き込むと深いルビー色の水面に自分の姿が浮かんでいる。甘いぶどうと、ピリッと灼けるような香りが複雑に混ざり合い、煙となって僕を包んだ。口にして飲みこむと、通った場所から地図を描くように体の芯を温めていく。
みんながジュースを飲み終わった頃、僕ともう一匹のモコモコ僕でカップを集めて、オンドルファ先生のところまで運ぶ。
他の生徒たちはしばしの別れを惜しんで、まだみんなといたいと先生たちに駄々をこねていた。
「もう少し、好きにさせてあげましょう」
もう一匹のモコモコをそっとひと撫でしてから、オンドルファ先生は僕にそう囁くとカップを奥へ運びに行く。
倉庫兼書斎の奥にはもう一つ扉がある。「僕も手伝います」と後に続いて、初めてその部屋に足を踏み入れると、そこは簡単な台所やベッドなど、先生とゼゼたち三人の生活のスペースになっていた。
オンドルファ先生が洗い物をして、僕は隣の作業台の上に腰掛けて洗い終わった食器を布巾で拭いていく。
「子供たちももちろんですが、一番寂しがっているのはゼゼとクルルファ様かもしれませんね。冬の間は静かになってしまいますから」
クルルファ先生の様子を思い出していると、オンドルファ先生も同じことを考えていたようだった。
「いつも賑やかだから、しばらく会えないのは余計に寂しいですよね」
「そちら[#「そちら」に傍点]はどうですか?」
「冬もけっこう賑やかですよ。学校では冬休みが始まる前から、みんな浮き足立ってる感じで……」
人間の世界の賑やかな冬はもちろん好きだ。けれど同時に、僕の中にもクルルファ先生やペリと同じ寂しさがあることに気付かされる。ここに来られない冬の間は、僕の居場所をひとつ失うことを意味していた。
洗い物がすぐに終わってしまうのがなんだか惜しくて、食器や戸棚の片付けの手伝いを申し出る。
手を動かしながら、新年を迎えるお祭りがあって、クラスメイトたちと集まる約束をしていることを話す。オンドルファ先生はいつも興味深そうに人間の世界の話を聞いてくれた。
新年の最初に打ち上げられる花火のことを話したところ、雪で閉ざされた中にもかすかにあの音が届くのだそうだ。
「夏に遠くから見たことはありますけど、冬にも花火をあげるんですね」
「空気が澄んでて、夏とは違った良さがありますよ。寒いですけど、みんなで集まっていると不思議と気にならないんです」
近くの湖まで水を汲みに出た所でオンドルファ先生が立ち止まり、いぶかしげにたて穴の方を見上げた。
「どうかしましたか?」
「様子がおかしいような気がして……」
それを聞いて僕も、丸く切り取られた空を覗き込む。
外は夕闇の濃紺ではなく、重たい灰色をしていた。そしてひどく静かだ。何も見えないし聞こえないけれど、遠くで不穏なにおいを感じとった鼻先がかすかに痺れる。
それから吹雪がやって来るまではあっという間だった。
狭い穴からも、激しい風が押し入り駆け抜けていく。雪と風と、岩や壁、先生の翻ったマント、あらゆるものが音を立ててぶつかりあう。僕は雪と一緒に吹き飛ばされてしまうんじゃないかと思うほどだった。
瞬く間に夕陽からも月からも深く覆い隠されて、洞窟の中を暗闇が満たした。びゅうびゅうと甲高く乱暴な音だけが暗闇をつんざき、どこまでも響き続ける。
まるで山がまるごと固く凍りついて、嵐の一部になってしまったかのようだった。
学校にはまだ生徒が残っていた。ソワソワと落ち着かない様子で窓の外を見つめているマッシュとリリウムと、不安げな様子をクルルファ先生に宥められているフェアリーのペリ、ベンチの下でじっとうずくまっているもう一匹のモコモコだった。
先生二人は蝋燭の灯りにゆらゆらと照らされながら、生徒たちを心配そうに見やって話し合っている。
「今から帰るのは危険です」
「ええ……。ちょうどさっき、ゼゼが外の様子を見てくると言って出て行ったの。大丈夫かしら……」
それから少し経ち、ランプを携えて戻ってきたゼゼが、洞窟の出口はどこも雪で塞がれていることを告げた。
思えば少し前、風の凶暴な叫び声の隙間にドスン、ドスン……という重たい音が聞こえた。山のずっと上の方に積もっていた雪がいよいよ重たくなって、いっせいに滑り落ちたのだ。いつもより早く冬が訪れてしまったらしい。
戸惑いと不安にざわめく空気を払うように、クルルファ先生は「こほん」とかしこまった咳払いをしてから、特別やさしい声でこう言った。
「それでは、今夜はお泊まりにしましょう。今日だけ特別に」
お泊まりと聞くだに、子供たちの目はぱあっと明るくなった。
「マイスさんは大丈夫ですか?」
生徒たちが喜ぶ声に紛れてこっそりと、オンドルファ先生が短く僕に耳打ちする。
「はい。……でもこの嵐だから畑がちょっと心配かもしれません」
冗談めかして言うものの、正直なところ気がかりなのは畑のことだけではなかった。もし誰かが気づいて、行方不明や遭難だと騒ぎにならないといいのだけど。
僕の考えを知ってか知らずか、彼は静かに頷いた。
ゼゼが暖炉に薪をくべて、火をいつもよりも、どんどん大きくする。
先生たちがベッドから倉庫の戸棚まで、学校中の毛布やマントを集めてきて、僕たちで暖炉を囲むように今夜の寝床を作る。
生徒たちは各々の居場所に例の、自分たちで作った毛布や、葉っぱや木の枝の寝床を据えていた。
暖炉のぐるりをひとつひとつ点検するように見回してから、クルルファ先生が告げる。
「さあ、もうおやすみなさい。明日にはきっと天気も良くなっていますから」
「それなら、すぐ家に帰って他のみんなを安心させてやらないとナ」とお兄さんらしく言い聞かせたのはゼゼだった。
おやすみの挨拶をしたあとも、不安を紛らわすように子供たちの話し声がポツポツと聞こえてくる。それに何か相談ごとをしている先生たちの声も。
特別寒さが苦手なマッシュとリリウムは「マイスくんたち、あったかい」と言って、僕やもう一匹のモコモコのそばにずっとくっついていた。彼らからはかすかに秋の名残のにおいがして、ずいぶん懐かしく感じる。
しかしそれも最初のうちだけで、話し声はひとつ、またひとつと消えていく。残るのは静かな寝息と、暖炉の中で火が弾ける音。そして、冬の嵐のごうごうと唸る声だけが耳に届く。
点々と光る灯火を頼りに部屋を眺めてみると、生徒以外にもチロリやミーノといった小さなモンスターが何匹かまじって毛布の間にうずまっているのを見つけた。突然訪れた嵐に不安になって、灯りに誘われてやって来たのだろう。
一番寂しがり屋のペリは、やはりクルルファさんの膝のそばに眠っている。
ふと、何かを感じてパチリと目が覚めた。自分がすっかり眠っていたことにその時初めて気づく。
部屋の中はさっきまでと変わらず、燃え盛るオレンジの炎が揺らめきながらみんなを温めていた。僕から一番近くの蝋燭の火はいくらか低くなって見える。
火の見張りをすると言っていたゼゼも、気持ちよさそうにすっかり寝入っていた。
外の様子を見に、窓辺へよじのぼる。毛布を引きずって寝床を這い出るとたちまち、冷たい床に触れたところから体温を奪われていく。
覗き込んだ先は真っ暗闇だ。けれど時々、窓のすぐ向こうで一瞬だけちらりと金色に翻るものがある。たて穴から吹き込んでくる白い雪の小さなひと粒が、窓辺のランプの火を反射するのだ。雪の花が窓に落ちればもう少し長く、それがキラキラと光るところを見ることができる。
ぼうっとそれを眺めていると、カーテン越しにひとつ、新しい火が灯されるのが視界の端に見えた。
「オンドルファ先生……?」
「おや、起こしてしまいましたか」
薄暗い中を手探りにたどり着くと、予感のとおりにオンドルファ先生が書斎に座っていた。床にぼんやりと長い影が伸びて、他の影に溶けあっている。
「なんだか落ち着かなくて」
「オンドルファ先生にも、そんなことあるんですね……」
蝋燭の小さな灯りの方に向かって歩くと、トコトコと軽い自分の足音が妙に耳につく。オンドルファ先生と二人きりの時間には、いつも不思議な静けさがある。外で嵐が吹き荒れる夜でもそれは変わらないようだった。
書物机の上に広げられていたのは年季の入った帳面だった。日記帳のようにも見える。
「調べ物ですか?」
「ええ。冬の記録を見返していたんです。少しでも天気の予測が立てばと……明日のうちに子供達が帰れると良いのですが」
よく覗き込むと、冬の間の天気や食糧の記録が事細かにまとめられたものらしい。「几帳面ですね」と僕が思わずこぼすと、彼は「冬の間は本当に、何もすることがないんです」と大真面目に答えた。
それから、明日はもう一度外の様子を見に行こうと話しあった。嵐が通り過ぎても、洞窟を塞いでしまった雪のことが気がかりだ。
ふと、オンドルファ先生が僕をじっと眺めていることに気づく。「すみません」と言ってから彼はいっそう声を落として、風の音の隙間で囁く。
「少し気になって。ずっとその姿でいるのは疲れませんか?」
モンスターでも人間でも、姿を変えるためには何かしら魔法の力を使っている……らしい。人間として生活している時間が長いのなら、モコモコの姿を保つために無意識に魔力を消耗しているのではないかと心配してくれたのだった。
言われてみるとほんの少し体が重たい気がする。でも気のせいかもしれないし、あるいはこの寒さのせいかもしれないとも思う。
「魔力はあんまり実感がないんですけど……。でも、うっかり人間に戻らないようにしないとって気を張ってたから、ちょっと疲れたかもしれません」
すると、ふむ、とひと呼吸ぶん、オンドルファ先生は考えてからこう言った。
「今は皆、よく眠っていますし……。誰か寝ぼけて起きて来たとしても、私の影になって見えなければ……少しくらい戻っても大丈夫ではないですか?」
僕はその提案にびっくりして、同時に頭の中の呑気な部分が「オンドルファ先生は意外と大胆なところがあるよなあ」と感心していた。
迷う間にも瞼の裏には、あの秋の日の、ちょうどこの部屋で起こったことが繰り返し浮かんだ。今は夕陽はおろか、月のかすかな光さえ窓には落ちない。僕と、オンドルファ先生と、たよりなく揺れる蝋燭の火、それだけを世界から切り取ってしまったかのよう。
緊張にどくんと鳴る鼓動を上書きするように、
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
と、ぼやけた言葉が口からこぼれる。
人間の姿になった僕は、書物机と本棚の間に膝を抱えて座り込んだ。そこから、オンドルファさんの向こうに見えるカーテンが、暖炉のオレンジ色とみんなの影をうっすら透かしているのを不思議な気分で眺める。
初めはオンドルファ先生の言うとおり大丈夫だろうとぼんやり思っていたけれど、次第に落ち着かない気持ちになる。後ろめたいような気持ちと、それから、この姿で彼と過ごすことにまだ慣れていないせいだろうか。
「そう言えば、この学校っていつからあるんですか?」
帳面の筆跡を眺めているとそんな疑問が口をついて出た。
オンドルファ先生は話し始める。書架から古い本を探し出すように、レンズの向こうの静かな目はどこか遠くへ思いを馳せているようだった。
もうずっと昔のことだが、有角人にも人間と共に暮らしていた時代があった。
しかし何かのきっかけで仲違いをして、訣別してしまった。それ以来、彼らは安息の地を求めて様々な土地を渡り歩き、移り住んできた。そうして長い時間をかけてたどり着いたのがこの地だった
胸の中に不穏な影がそろりと忍び寄るのを僕は感じていた。住処を失う想像の寂しさと、それで彼らは今でも人間を嫌っているのだろうかという不安が入りまじって、歪んだ形をした影だった。
「この洞窟に住むようになって、曾祖父たちの代でここを作ったんです。だいたい千年ほど前の話でしょうか」
「千年も……!」
話の途中で芽生えた寂しい気持ちも一瞬、吹き飛んだ。
有角人はエルフのように長寿の種族なのだと彼は少し笑って付け加える。そのことにも、ここがそんなに歴史のある学校だったことにもびっくりして、見慣れたはずの室内を新鮮な気持ちで見回す。
先生は僕の後ろの、天井まで届きそうなほどの本棚を見上げて昔話を続ける。
「最初は自分たちのために作ったもので、学校のつもりでもなかったようですけど……」
有角人は伝統や歴史を残し、受け継いでいくことを重んじていた。
形に拘らないものも口伝で残せることもあるけれど、形に残せるものに関しては、あちこちを点々としていては限りがあった。それに、彼らは本来は腰を落ち着けた静かな暮らしを望んでいた。
だからついに安息の地を見つけると、彼らはたしかな形があって、ずっと先の仲間たちにも残せるものを作った。沢山の本やこの場所だ。
そして、ひとところに留まり続ければ、種族の中にとどまらず新しい結びつきも生まれるものだ。いつからか有角人の子供たちが学ぶ場に他のモンスターたちも加わるようになり、そうして一緒に暮らすうちに、いつしかここは学校になった。
「ここで〝先生〟をしていると、先祖たちが望んだことがよくわかる気がするんです。何かを伝え残すのは、離れてしまっても、いつか自分がいなくなった後にも、どこかでつながり続けるということですからね」
さまざまな地を巡るのも、長い長い生涯も多くの別れの繰り返しだからこそ、その向こうに残せるものを彼らは見ていた。
──けれど、人間の歴史からは有角人の存在は忘れ去られてしまったのだろうか。
「それからずっと、人間とは関わらないようにしてきたんですね……」
「ええ……。あまりにも昔のことだから、今になってどうやり直せば良いのかわからないのかもしれません」
今の生活が大切だから、また争いになるくらいなら別々に生きる方が良いのかもしれない。それは僕も繰り返し考えて、よくわかっていることだ。
「だから貴方が今もここに来てくれるのは、とてもうれしいことです」
気づけば彼の灰色の目はもう本棚でも、千年の昔でもなく、僕をまっすぐに見ていた。彼は静かで優しい微笑みを浮かべるひとだから、よけいに自分の心臓の音がいやに大きく、耳元で鳴るような気がした。
「そんな、僕の方こそ……。ここにいられて本当にうれしいんです」
受け入れてもらえてどんなにうれしいか、感謝しているか。それに、信じると言ってくれたことを思い出すたびに、胸がいっぱいになってしまうことを、どうしたらのこさず全部伝えられるのだろう。
「言葉にもならないほどなんです」と精いっぱい素直に言えば彼は頷いてくれるけれど、いつかちゃんと伝えなければいけない。